ムラサキは、生薬としてばかりでなく、その根から紫紺(紫根:紺色がかった暗めの紫色)という染料が取れることから大切にされましたが、栽培がなかなか難しく、近代に至って合成染料が普及すると、急速に栽培地と栽培技術が廃れて、現在は絶滅危惧種の仲間に入っています。
奥永源寺の君ヶ畑町は、「木地師の里」として知られる町で、それにまつわるこの地の由緒はなかなか興味深いものです。他の山村の例に漏れず、過疎が急速に進むこの町を活性化させようと、株式会社組織「みんなの奥永源寺」を設立した方がおられて、現在ムラサキの栽培に取り組んでおられ、紫根を使った化粧品などを開発して販売しておられます。
ちょうど開花時期だということでお邪魔しました。
ムラサキの畑は、大皇器地祖神社(おおきみきぢそじんじゃ)の参道脇の、耕作放棄地を利用して作られていました。ちょうど一斉に開花している最中でした。
直径1cmほどの、花弁が5裂した花で、濃い緑の葉に映えてとても清楚な感じがします。
少し引いた写真です。額田王と大海人皇子が詠んだ紫野はこのような景色が一面に広がっていたのでしょうか。
ムラサキはこの参道の右側に栽培されています。
大皇器地祖神社はこのような山村にありながら、大変立派な神社で、実によく手入れされています。地元の方に訪ねると、毎月1日と16日に神社の清掃奉仕をしているとのことでした。
四隅の彫り物も匠の技と思えます。
神社の由緒記です。この地については、白州正子を始めとしていろいろな方が書いておられるので、ググってみてください。
2019.08.02.撮影
2019.08.03.記述
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